再建
慶長後半以降に建設された城郭にも板張を併用したものがあるが、しかしそれらは前半より工事が継続していたものか、あるいは創建後火災等の災害によって失われたものを前の様式に倣って再建されたものに多い(熊本・丸亀・松山の諸城)。
ただ松江城の場合は慶長13~16年の建設であにもかかわらず、大部分板張とされているのは全くの例外であるが、これについてはまた今度にします。
ともあれ同表によって近世初頭を通観すれば、城郭、特にその中心的存在である天守の外装が板張から全面的な塗籠に移行する時期をおおむね一七世紀初頭に置くことに異論はないでしょう。
さて城郭の外装が以上のように総塗籠式に統一された理山として、一つはいうまでもなく外壁リフォームの本来有している優れた耐火性、及びそれを厚塗して若干の工夫を加えることによって得られる耐弾性であり、他は白鳥の舞う姿にも警えられる輝くばかりの外観に帰せられるでしょう。