生命の疑問 その3
実に面白い現象ですが、オパーリンのような発生説を支持する人は、天文学者に多いのです。
天文学者の側では、この広い膨大な天体が存在する大宇宙の中に、生命が存在しているのは地球だけなんてのは、なんとも心細い、他の天体にも宇宙人がいる可能性はうんと高い、わが銀河系宇宙内でも地球型惑星は10億個くらいある、生命もオパーリソグ説のごとく、条件さえととのえばいくらでも発生してしかるべき、と考える人がだんぜん多く、私もどっちかといえばいないよりいた方がいいと思うのです。
ところが、生化学者の中には、先きに述べたような論理で、非常に悲観的なことをおっしゃる方もいます。
その要旨は、たとえば、宇宙全体に存在する各種の物質、元素、原子の量をしらべ、そのさまざまな生化学的組合せ、配列がいくつ成り立つかを計算してみると、なんと生命の合成にまでこぎつけるには、宇宙が誕生してからの200億―150億年くらいの時間では、まるきり不足します。
その上、物質や原子の量はこれに対してまったく量目不足で、これまた無理。
結局、答えは不可能に近いといいます。
だから、地球上に生命が生れたなんていうのは、まったくナンセンス、偶然、奇蹟みたいなものじゃないかな、と情けないことをおっしゃる。
ところが、こうした楽観的、悲観的な両極端の間に立って最近台頭してきたのが、宇宙種子説、パン・スパーミイ説というやつです。